スギナミ ウェブ ミュージアム

コミュかる・こぼれ話

「コミュかる」は、「コミュニケーション」と「カルチャー」を用いた造語で、2012年に創刊した杉並区の文化・芸術情報紙です(年4回発行)。区内での公演・チケット情報や文化人のインタビューをご紹介しています。
本コーナーでは紙面には掲載しきれなかった写真や「こぼれ話」を掲載しています。

指揮者 カーチュン・ウォンさん

2023年9月21日発行「コミュかるVOL.64」

Q1: 日本では「指揮者は総理大臣になるより難しい」と言われている程狭き門の職業です。これはシンガポールでも同じことが言えるのでしょうか?また、どのように指揮を学んだのでしょうか。

日本では指揮者になるのはそんなに難しいことなのですか!?日本は何千年もの歴史と文化があり、音楽においても百年以上の歴史を持っていますが、シンガポールはとても若い国で、建国されたのが1965年ですから、まだ60年も経っていないんです。

ドイツからシンガポールの大学に戻ったとき、私は作曲科を選びました。なぜなら、大学は創設5年と日も浅く、指揮科というものがなかったため、今後のことについて学長に相談しました。学長は2つの選択肢があると言いました。一つは、200人もいない学校では指揮科はないので卒業するまで待つこと。もう一つは作曲科に入り、指揮の勉強は自分ですること。指揮の勉強にはオーケストラを作って自分で指揮することがよいと言われました。会場は自由に使ってよいので、それ以外のことは全て自分でやってみてはどうかと。メンバーを集める、チケットを作成して販売する、そして自分で作曲したスコアを売ったりなど。私はこちらを選びました。学校にもオーケストラが一つありましたが、それに参加しているのは3、4年生で、1、2年生は練習ばかりで他にすることがなかったんです。そこで私は3、4年生がマーラーを練習している間、1、2年生を集めて別の曲、ブラームスやベートーベンなどを次から次へと練習していきました。練習が終わった後には、ピザやコーラなどを頼み、みんなに振舞いました。これは学校の成績にプラスにはなりませんが、みんなすごく喜んで練習に参加してくれるようになったんです。私は指揮というものをそういう場で学んでいきました。

Q2: 日本が活動の拠点の一つとなったのはなぜでしょうか?

私はドイツで勉強していましたし、マーラー国際指揮者コンクールもありましたので、活動の拠点はドイツを中心とした周辺国でした。しかし、日本から何度も声を掛けていただき、おそらく日本にあるオーケストラの9割程を指揮したように思います。日本のオーケストラはどの楽団も大変優秀で、私はいつも高い満足を得ることができました。こんなにも優秀な楽団がたくさん存在するというのは、ヨーロッパやアメリカとは違うところだと思います。

Q3: クラシック音楽は敷居が高いと感じる人もいますが、気軽に楽しむにはどうしたらよいでしょうか。

クラシックのコンサートはしかるべき場所でスーツを着て、静かに耳を傾け、演奏者や他の観客の迷惑にならないようマナーを守ります。これはこれでよいとは思いますが、一方でもっと違う楽しみ方があってもよいのではないかと思います。例えば、リハーサルの前後などで演奏者と観客でトークを楽しんでもらう。特に若い観客との交流がもっとあってもよいのではないかと思います。日本のホールは大変素晴らしく、先日、1歳になる息子を連れて平塚文化芸術ホールに行きました。ここは特にクラシック音楽に対する伝統や文化が根付いているわけではないのですが、客席の後方に多目的室や親子で楽しめる部屋などが設置されていました。これは他の観客への配慮でもあり、もっと気軽に子供たちに生の音楽を聴いてもらいたいという発想から生まれたものだと思います。これには大変驚きました。私はヨーロッパ、アメリカ、中国、シンガポールなど多くの国に行きましたが、このようなホールは見たことがありません。日本にはこうしたインフラが整っているので、もっと多くの人がクラシック音楽に触れる機会があればとよいと思います。例えば、マラソンコンサート。30分演奏して休憩、30分演奏して休憩。交響曲でも組曲でも長い時間演奏してみるとか。もちろん、プロレベルで音楽を楽しむお客さんも重要で私はとても尊敬しています。また、私はとにかく多くの子供たちに音楽を聴いてもらいたい。特に赤ちゃんや幼児です。音楽や楽器の形状など記憶に残らないかもしれませんが、小さな頃から音楽に触れることによって10年、20年後にそうした方々が定期公演のチケットを買ってくれるかもしれません。

Q4: 演奏会で指揮者の動きに注目してほしい、見逃さないでほしいと言うようなものがあれば教えてください。

理想は観客の皆様には演奏に集中していただくことです。指揮者の手や体の動きは音楽の妨げになってはいけないのです。鏡の前で動きを確認したり、衣装に気を遣う指揮者もいますが、私はそうしたことにまったく興味はありません。私の仕事は演奏家たちにインスピレーションを与え、彼らがベストな演奏ができるようサポートすることです。指揮者は音を出しません。音を出すのは演奏家です。もし見るとすれば、全体のパフォーマンスを見ていただきたいです。「フルートを吹いている人はいつ呼吸するのかな」なんていう見方もおもしろいかもしれません。

プロフィール

指揮者 カーチュン・ウォンさん

1986年シンガポール生まれ。2016年グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝。
2019年33歳という若さでドイツ連邦大統領より功労勲章を与えられる。
2023年9月に日本フィルハーモニー交響楽団首席指揮者に就任。
2024年9月からはイギリスのハレ管弦楽団の首席指揮者およびアーティスティック・アドバイザーに就任することが決まっている。

「コミュかる」は以下の杉並区役所公式ホームページでお読みいただけます。
https://www.city.suginami.tokyo.jp/kusei/bunka/johoshi/1073859.html外部リンク